海辺のカフカ (上)
ちと古い話題かもしれませんが・・・
読まれた方いらっしゃいます?
いろいろと評論で話題に上っていたので、読んでみましたが
これ、すごい!というか、うーん、やっぱりすごい
村上春樹さん、すごいわ
なんというのか、志賀直也(この字だっけ?)をなんとなく思い出してしまうようなすごい作品です。ハードボイルドではないんだけれど、メルヘンでも無い,エンターテイメントとも言えない。
花村萬月さんの「永遠の島」もおもろいけれど、なんというのか、もっとおもろかったなー
海辺のカフカ (上)
ちと古い話題かもしれませんが・・・
読まれた方いらっしゃいます?
いろいろと評論で話題に上っていたので、読んでみましたが
これ、すごい!というか、うーん、やっぱりすごい
村上春樹さん、すごいわ
なんというのか、志賀直也(この字だっけ?)をなんとなく思い出してしまうようなすごい作品です。ハードボイルドではないんだけれど、メルヘンでも無い,エンターテイメントとも言えない。
花村萬月さんの「永遠の島」もおもろいけれど、なんというのか、もっとおもろかったなー
この美しい紅葉は、さてどこでしょう!
わかったかたは鋭すぎですがさてどこだかわかりますか。ここは都内の西側のある穴場的なところです。
今日は、この紅葉の美しい庭で、うちの娘の七五三の記念写真を撮りました。
朝から、娘とママは美容室&着つけをしていただき、それそれは花のように美しい姿となって、記念写真。僕と息子は、一張羅を着こみました。
そして氏神さまにお参り
ちなみに紅葉(もみじ)はもともと「色を揉み出づる」の意で、秋になって草
葉の色が変ることを指しますが、楓(かえで)の紅葉が一番に美しいことから紅
葉(もみじ)と言えば楓を指すようになったとのこと。
平安時代の人は、十二単に代表されるように、衣に花や木をイメージさせる
色を重ね季節を表現していたとのこと。秋の野山に紫紅色の花を咲かせた山萩の花色を表した色目、晩秋の赤く色づいた朽葉の色をあらわした色目など、これらの色目の作法をそれぞれ「萩」、「朽葉」などと表現。季節を表す色目はしだいに、冬枯で草葉の色が淡茶に変った情景の「枯色(かれいろ)」から、そして白を重ねた「氷(こほり)」へと変わっていったらしい。
茜色(あかねいろ)、柿色(かきいろ)、紅色(べにいろ)、蘇枋色(すおう
いろ)、牡丹色(ぼたんいろ)、赤朽葉(あかくちば)、支子色(くちなしいろ
)、鬱金色(うこんいろ)、黄蘗色(きはだいろ)、黄朽葉(きくちば)等々。
古の人々の感性は我々にいろいろなことを教えてくれる。
いよいよ、源氏物語、万葉集などにいきますか
なんとはなしにNHKのニュースを見ていた後にやった番組
これがなかなか!!
スローライフを裕福にしている老婆の話しだった。子供達は、アルプスの少女ハイジに出てくるところみたい!と言っていたのだが、アメリカは東海岸の一番北での話。ここに海があったのなら、最高なんだけれどな・・・もちろん、波乗りのできる海ですが
以下NHKのwebより抜粋いたしました。
世界中のガーデナーを魅了するターシャ・テューダーの庭を初めて映像化。アメリカの絵本作家として著名なターシャは、バーモント州で19世紀の生活様式を実践しながら、理想通りの庭を作り上げてきた。
日本ではこれまで、数々の写真集やターシャの絵本が出版されるに留まり、マスコミ嫌いとされてきたターシャを映像でとらえることはできなかった。しかし今回、初めてターシャが庭を開放し、1年に渡るロケの協力を得た。
四季を通じて表情を変えるターシャの庭は人工的なものやフォーマルな雰囲気がほとんどなく、まるで自然の楽園。彼女の人生をかけた庭は、花の色調や形にも妥協がない。シャクヤクは大きな八重のもの、チューリップは微妙に色が混じったもの、バラはオールドローズに限る……。ターシャが丹精こめて咲かせた花々を紹介するとともに、『……必要なものは自分自身の手でつくりだす……」を信条とするターシャ流の生き方に迫り、また、家族との団欒のひと時や、冬支度のローソク作り、得意料理など、多彩なライフスタイルも織り交ぜた“ターシャ・テューダーの世界”に誘う。
今年90歳になるターシャは「これが最初で最後の長期撮影ね。みんなびっくりするわよ」と語っている。
やはり童話作家だけあって、おっしゃる言葉がとても素敵なんだす
輝く季節、そして燃える季節
このころには、ガーでニングをしてデッサンをして、ろうそくまでお手製で作っていた
そして雪に埋もれる冬
サンルームに移した花々の面倒を見ながら、暖炉の前で温かいろうそくの火に包まれて暮らす。夜は自分の仕事である童話を書き上げている。
なかなか、素敵な番組でした。
先日、教えている少年サッカーで4年生のお母さんから相談があった。
その子は確かにサッカーがうまいのだが
どうも自分が他の子より上手い!と思ってしまったら、サッカーがつまらんくなってしまったという贅沢な悩みなのだ。
お母さんの話しを、根気良くうんうんと聞いたのですが
「お母さん、それはうさぎとかめですね!」
と、ついつい言ってしまった。
?と不思議がるお母さんだったので
もっと、具体的に話さないと分からないかなと
「ある程度うまくなってしまうと、それ自体がその子の壁となってしまうことがあるんだと思いますよ。その壁を、地道に頑張って乗り越えられるかどうか・・・それがその子をもっと飛躍して延ばしてあげられるか、それともそこ止まりで終わってしまい、気がつくとまわりの子に抜かされてしまうか・・・そいう壁があるのではないでしょうか・・・」
なーんて偉そうに言ってしまったのだが