目には目を

そう言えばで恐縮なのだが、


先日のサッカーの試合の際、試合の合間子供達が遊んでいるとき(僕は審判をしてました)、息子がチームメイトと殴り合いの喧嘩をしたらしい。相手は見た目からも相当強い子なんだけれど、遊びの仲間に入れてと息子がいったら、人数が多いという理由があったらしくて断られたとか。彼にとっての問題はその断られ方で、どうも気に食わなかったらしい。んで喧嘩。


で、どうした?と聞いたら、彼はとにかくその強面の子に殴る蹴るをしていたとか。それを周囲に居たお母さんに(にこにこしながら飛んでいったうちのママ)に止められたそうで


ま、やっちゃったことはしかたが無いけれど・・・(本当は嬉しかったのです!そうか、あいつに喧嘩を売ったのか・・・と)それにしてもなんだよ!一撃必殺を習ってるんではなかったっけ?


と、言う親である僕も駄目親なんだけれど


だって、空手を使っては駄目だと思ったから


バカだなァ~、一発でしとめておけば、それで終わったのに


とまで言ってしまった僕は反省っす。


実はつい先日、頭にきたらやり返すと言う息子に、「目には目を、歯には歯を」という法律を作った国の話をしたばかりだったんだ。


そうやってやり返すことには憎悪しか生まない、その連鎖反応を説いたばかりだったんですが(MIXIをご覧になっていた方はご存知ですよね→サキさん)


やっちまった!


 


 

今日のディナー

夕食1今日の夕食は、ママの大奮発。というのはおいしい生牡蠣を売ってたからなんだよな


それにあわせて、チーズと無花果のカナッペ


ビーフサラダ


もちろん、白ワインは僕が選んで買ってきました。


夕食2チーズは、ブルサンとブリー


クラッカーの上にその香ばしいチーズを載せ、甘味のあるいちじくのドライフルーツを載せて食べると


いやー、なんとも言えずに贅沢なおいしさ


そして、パパとママのメインはこれです。


夕食3かき海のミルクという芳醇さ


口の中でトロッととろける甘味


そして、ドライな白ワインが最高


 


いやー、ありがとうございました。ママ


 

少年サッカー

サッカー昨日は少年サッカーの試合でした。我がホームでの開催で、父兄も沢山応援にかけつけ、盛り上がった試合でした。


贅沢なことに、ご覧のように審判は3名。しかも有資格者の審判です。僕も審判を数試合いたしましたが、審判は緊張します。


もう3年生の試合なので、オフサイドもペナルティキックもしっかり取ります。


さて、我がチームは3戦3勝。パーフェクトでした。チームのみんなはそれぞれものすごい成長を見せてくれ、また我が息子も、ホーっと思わず唸るような活躍を見せてくれ、もうホームだけあってものすごい応援でした。


もちろん、帰ってきて息子と2人になったときには、良くやったと誉めたのですが、それが彼にとってものすごい自信となったようです。


この調子で頑張れ!!

子供達に理?を

息子がサッカーをやっているのだが、実はあんまり本人はやる気がないかのよう


というのは、練習の時は僕がコーチなのでか一生懸命やるのだが、普段はまったく練習することもなく、テレビのサッカーもみようとしない。おまけに宿題!これをやっていないのが発覚!!


いつも、もう自分でやるべきことをやらないと駄目と言っていたのに


裏切られた気分はたしかにあったのだが、それをじっと堪えて(ふー、何回堪えればいいのだろう・・・・)


まずはその時を生きる大事さを力説


例えば、海にみんなで行く。わー海は広くて気持ち良いなと誰しもガ思うだろう。でもそれだけではそのときを生きていることにはならない。海について、潮の匂いを嗅いで、日の光のまぶしさなどを感じなければ海に行った事にはならない。ただ、海に行った!だけで終わってしまう。そして、考えることしていれば、海からあがった後についている白い結晶、これは何だと思えるが、考えることをしなかったら、それさえも気がつかない。その白い結晶、それは塩なんだよ!


例えば街を歩いている。ただ歩いていればここは銀座も渋谷もかわらない。でも考えることをしてれば、そこに道行く人の違いがわかるんだ。売っている物も違うかもしれない。どう違う、どうして?と考えればいろんな発見ができるんだよ


サッカーのテレビを見ていて飽きてしまうのも、ただ見ているからだ。そのときを生きていれば、考えていれば、例えばサッカーの選手一人一人を自分に置き換え、僕だったらこうする。僕はこういうことができるかなと考えることによって楽しさが生まれるんだ。


だからそのときを一生懸命生きるということはその時々を一生懸命考えると言うことでもあるんだ。


漢字を覚えるのもつまらないことかもしれない。でも楽しもうと思えば、何回書いたら覚えられるかなと考えるだけ、思うだけで楽しめるんではないか?


そしてそれらは、自分で考えてやろうと思ってやらないと、できないんだ。パパがやれと言って何も考えずにただやっているのはロボットと同じ。やったというだけで何も残らない。でもロボットだったら言われたことは完璧にやれるけれど、人間は完璧にはできないんだ。だから練習をする。練習をすることによって、真似(完璧)が自分のものになるんだ。体が覚えてくれる。そうしたらそのことだけでなく違うことも考えられるようになる。


サッカーでも空手でもバレー(娘)でも、うまくなりたいと思ったら、完璧に上手い人の真似をすることが一番近道なんだよ!


空手で型をしつこく練習するよね。それは何故だかわかるかい?


人間は2本づつの手足、ひとつの胴と頭、そしてそれらの動かし方も決められている。たこみたいに自由にできないし、手も八本もないんだ。後ろを見ることもできない。決められた動きでしかできないから、たくさんのいろいろな人が考えた挙句にできあったその洗練された完璧なうごきやかたち、それが型なんだよ。練習は完璧な型というお手本を真似することにあるんだ。そうやって繰り返し真似をすることによって、練習、すなわち習ったことを練ることなんだ。練れる、それは粘土でもそうだけれど、練ることによって自在に形を変えられることができるようになるだろう。そしてそのうちかそのことを考えなくても体が覚えてくれるんだ。楽しむためには、まずどれくらい自分がその思った通りの真似ができるかどうか、完璧に近いか鏡で見てみるといいんだ。だからうちにはこんなに大きな鏡があるんだよ!そして考えなくてもそのように動けるようになれば、そのときにはもっと違うことが考えられるんだ。そうなると楽しいぞ!!


勉強もそう。うまい字を真似して練習をしているうちにその上手い字と同じ字がかけるようになる。そうなると、他の人が読んでもわかってもらえるんだ。汚い字は誰も読みたいと思わないだろう?着れナ字を書こうと思わなくてmからだが勝手にきれいな字を書いてくれる、そすれば僕は何を書こうと考えることが書きながら出きるだろう。どう書いたら判ってもらえるか、相手のことを考えられるようにもなるんだ。


でも、いくらパパがやっても(練習)君たちが上手くならないように、それらはあくまでも自分で考えてやらなければ、自分の頭で考えて自分でやらなければ、ただやているというだけで生きていることにはならないんだよ!


それを、話し終えひと段落したあとに、それぞれパパから何を教わったのかおさらいをしました(発表会です)。そしてそれを日記に書かせました。でもまた繰り返しやるんだろうな!


 


と、はい!今日の反面教師でした。(くどかったかな?)


 


 


 

親の心、子不知?!

親の心、子不知とは言うが・・・


昨日、風呂上がりの息子の髪の毛をドライアーで乾かしていると、なにやら後頭部に大きな瘤が!やさしく、「アレ!どうしたの」と聞くと、最初は語りたがらなかったのだが、校庭で友達と戦いごっこをしているときにこけて頭を打ったとのこと。瘤をよく触手で観察してみたが熱も持っていないので、まー大丈夫なんだろうが、それを聞いて騒いだのはママだった。親の心、子不知と言うのよ!!


どうして報告しなかったのかと聞いたら息子は、ママやパパに心配させたくなかったとのこと。となると、子の心、親知らずではないか!


と言ったらば、「わたしはもう親知らずは抜きました」と(笑)


 


子供達には、もちろん怪我などをしたら、パパやママが心配することよりもちゃんと教えなければ駄目だよ!とそれぞれの症状が記された家庭医学大事典をひっぱりだしてきて、瘤、疵、打撲などのありがちな事について、そのときは大丈夫でもちゃんとした処置をしなかった為に後から問題が出る場合について説明をしましたが


 


まー、男の子だから、いろいろあるわな!!家庭医学大事典―マイドクター
一家に一冊、便利ですよ!!


 

考えさせてくれた小説

面白い本を読んだ。出会ったのは図書館。分厚い本で、普段なら恐らく見向きもしない本だと思うのだが、何故か手に取り借りた本。


ところがこれが面白かった。なかなかハードボイルドでもあったし


舞台はちょうど江戸から明治になるころ、主人公はいわいる若い浮浪者なのだが、その育ての親とも言える爺とのやりとりがすごい


     這い上がりたい(出世したい)は浅ましい。十郎(主人公のマブダチ)のような奴は掃いて捨てるほど世の中にはいる。確かに十郎は痴れ者ではない。多少は出来る。すなわちそれなりですれなりはそれなりでしかない。だが、十郎にはまわりのものが間抜けに見えて仕方がない。しかしだからといって上に立つ物の甲斐性がない。それよりも十郎には天真爛漫もなければ、真に抜きんでた才もない。


     天真爛漫?とは


     その口にする言葉、その行い、すべてに偽り無く飾らぬ事。


     ありのままということか?


     そうだ。では一番強いのはなんだと思う。


     やはりありのままか


     そう、無邪気。邪気が無いことが一番よ。


     邪気とは?


     先々を思い、煩う弱さが邪気の最たる物だ。自分の昔をあわれみて、先々の自分の食い扶持ばかりに気をかける。ところが今がない。今、息をしている自分のこともきれいに忘れて蔑ろにしている。


 


なーんてことが書いてあります。


その他にも沢山おもりことが書いてあるのですが、むかしの酒、清酒ですが上方ものが一番上手いとされていた。それは、和歌山の杉の樽を船に載せ、揺られ揺られて富士山を見ながら江戸に入ってきた酒だからうまい!とのこと。灘の清酒に船で揺られている間に杉の香りが移り、極上物になるんだとか。


そのおかげでそれ以来悔しがった上方の連中は、灘の酒を一旦船に載せて潮岬まで船で行ってまた淀に戻り、樽の香りが移った酒を飲んだとか


あと焼き芋ですが、「栗よりうまい一三里」とあるそうですが、これは九里四里うまいので一三里とのことです。


私の庭
この間から読んでいる花村萬月さん


お勧めでした。

ハイキング計画

大冒険術―生き残るための!
この連休は、天気が良くなかったので家でゲーム大会となってしまったのだが


本当は子供達をハイキングに連れて行きたかった。まーお天気の良い日にでも僕がよく知っている、鎌倉のハイキングコースに連れて行こうと思っているのだが


その準備として、この本


なかなか、なるほどという技が紹介されていて読んでいて楽しい。雨の休みの日、子供達が自室で勉強している合間に、パパはこの本でお勉強でした。いつかくるだろうと言われている地震がきても、この本があればかなりサバイバル生活は違う物となります


んで、せっかくのハイキング


行くとき持って行く物は、ナイフ、ロープ、それと食べ物を用意して楽しませてやろう!