釣り!行きたい!!

昨晩、このブログによくコメントで応援いただいているkimi社長と、
珍しくまじめにお仕事でお目にかかっていた。
Kimi社長は高級輸入車をはじめとした販売会社を手広くやられているのと同時に、
ご趣味が昂じてしまって道楽の道へ、
横浜ベイサイドマリーナでなんとスポーツフィッシングのタックルショップと
船の販売店も経営されている。
ご自身がかじき釣りをはじめとした、スポーツフィッシングが好きで
試行錯誤を重ねてタックルに洗練度の高い工夫をされ、
そのノウハウをを自分の秘密にせずに惜しげもなくこのお店にこれられる
お客様に分けられている。
当然、このお店に集まってくる人々もとっても魅力的な方ばかりで
それはおもろい。
とってもフレンドリーな雰囲気で、あのーと声をかければ
すぐに打ち解けると思うな。
お客様の中には、カウンターに居て笑顔を絶やさない美人目当てにこられているかたもいますけど。
GST
http://www.gst.co.jp/jp/index.html
是非機会があったら立ち寄ってください。
社長がいる時には、きさくな社長から楽しい話しがたーくさん聞けますよ!
しかも、超一流品のリールやロッド、ルアーなどのタックルに囲まれてのお店は、
見るだけでも一見の価値ありです。
なんたったって、もう道具というより、最高級の工芸品である
フィンノールがこれだけ並んでおいてある店は、そうないよ!
さらーに、船は命を託す乗り物ということを考え、
その方の目的にあった安全な船を紹介してくれます。
新艇は、もちろん憧れのアルベマーレの取扱があり、
オーストラリアの船、リビエラも扱っている。
最初の資金が辛いという方の為にも、
現実的な金額の中古艇を紹介してくれますよ。
様々なメンテナンスももちろん。
特にこのメンテナンスは、ボート雑誌で「メンテナンス道場」
というコラムを続けていられた猛者が専任で面倒をみてくれるから、安心です。
仕事の話しも一段落し、
メシでも食いに行こうよとマリーナにあるレストランに行った。
話しはとてつもなくとんでしまいますが
ここの中華、侮れないんです!!
LONGというこのお店
LONG
かつて料理の鉄人というテレビ番組?があったが、
その鉄人となったシェフが作り上げる広東料理ベースの本格中華。
中でも、フカヒレご飯、ふかひれ麺だっけかな、これが絶品で、
僕も家族を連れて良く行きます。
まー、メシの話しはこれくらいにして
談笑をkimi社長としていると、社長の携帯メールに緊急報告!
「今日、三本でくろかじき160kgゲット。W号もゲット。多数ヒットあり」
あっちのの席に団体さんが座ったなと思ったら、
なんと今し方受け取ったメールにあった80フィートの
クルーザーでかじきをしとめるW号のオーナの顔が。
「おめでとうございます!」
すかさず情報を聞きに行く。
この3本岳のことは、りぶさんの「ほのぼのブログ」にクワシーク、
わかりやすく感動巨編で書いてあったので
(トラックバック!使い方これで良し?)、それを参照にしてくらさい!
そして、160kgを釣ったという別の船のオーナーにすぐ電話。
話しをお伺いすると、3本でかじきがうようよ
潮目にはヒレの林。釣り堀状態だったという

黒潮8.3
黒潮の入り方はこれを見るとなるほろ?!かな??という感じ。
うっわー、イキテー!!!!!!
と誰もが思うよね!
でも、僕は明日からクルージングが予定されていて行けないのです。
(その模様はまたあらためて!)
kimi社長は行く気満々になって、クルーをかき集め、入っていた仕事をキャンセルしちゃった!らしい!!
んで、家に帰ってきて、昨晩は、とてとてとアルベマーレのDVDのことをブログに書いていたのですが
今朝、仕事が一段落したところでブログを見てみると
「明日午後より三宅島へ向います。
適当な時間にロールコールよろしくお願いいたします。
この時期釣堀情報ほど体に悪いものはありませんね。
ここ数日間忙しくていくらも寝てないのに本当に懲りない性格です。
我ながら呆れてしまいます。家人は、呆れるを通り越してあきらめ顔です。
わずかな言い訳はDAVIS44の最終テストです。
いい娘でいてくれます様に、祈るような気持ちです。」
だとさ!!
プン!!!
僕を置いてけぼりにして…・
うー、いいな~~(涙)
もう大きな声で言っちゃおう!
GSTの佐々木社長!
ロールコール 0-0-3を期待しております!
(佐々木社長の写真は、この8月5日売りのパーフェクトボート、
76頁に、JIBTの僕の記事とともに載っていまーす。
和製、ジョージ・クルクルクルーニーという感じではありませんか?
社長!我々のとったタクティクス、あの記事で書いちゃった!
ごめんなちゃい)

花火大会は船で

Davis50YBM
8月1日、逗子マリーナに係留しているこのDavis50を横浜に廻航した。
夕方、オーナーとそのゲストをピックアップするためだ。
出航前点検は抜かりはない。
普段使わない航海灯など夜間航行に必用なものが、あれ?スイッチはどこだっけ?
とか、球切れしている!とか、潮が入っちゃってるとかいうことから
使えないことが多いので、それを確認。
なんせいろんな船に乗っていると、スイッチがどこだっけというのは、
あの辺かな??というアバウトな意識しかなく忘れてしまうのです。
さて、オーナーがゲストを連れて到着。
そのゲストは偶然にも10年ぶりに逢った友達だったという話は、先日、
ぼろぼろに酔っぱらいながらこのブログに載せさせて貰いましたが、
揃ったところで出港。まだ明るい内の横浜港内へ
アンカーリング(錨をうつこと)し、酒の用意、豪華なBBQの用意などを済ませます。
そうしながらも、まわりの船の動向に注意
そうそう、花火大会での怖い話しは、
7月号「パーフェクトボート」誌のシリーズ
「本当にあった海の怖い話し・第17回」で、岩本船長が体験した
「楽しいはずの花火大会で起こった悲劇」と題しておもろい話しを書きましたので、ご参考に!
MM21ー1
花火大会前のみなとみらいはこんな様子。アーバンですなー!!
そして暗くなるといよいよ花火の始まりです。
みなとみらいの観覧車の電気が消えたら始まり!!
0.5マイルくらい離れた台船からの打ち上げは迫力満点です。
(今年はいつもとちょっと違う位置のような気がしたが)
MM21ー2花火前
花火白
花火赤
花火黄
花火青
携帯についているカメラで撮れちゃうもんですね!
息を止めて撮らないと手ぶれがすごくなってしまうんですが
目の前にアンカーされた船が少し邪魔といえば邪魔ですが
花火に映るそのシルエットがかっこよかったから許せます。
同船している美人さん達もうっとり
船内にはBGMが軽いJAZZを流し、おいしいフルボディーの赤ワイン
オーナーが自ら作ってくれる鉄板焼きは格別!(写真撮るの忘れました)
昔なじみの僕の友達は、あいもかわらず口説きが始まっておりましたが(汗)
そして、美しい花火も終わると、観覧車のイルミネーションが再び点灯されます。
MM21-3花火の後
MM21-4花火の後
洋上に漂うボート、ヨット、そして屋形船などは我先に走って帰るもの、
ゆっくり錨を抜いてジェントルに帰っていく船、
そしていつまでも余韻を楽しんでいるのか、
はてまた酔っぱらっているのか、そのまんま盛り上がっている船とあります。
我々もナビゲーションライトをオンにして抜錨
夜の真っ暗闇の海はなかなか緊張感があります。
まったく海面に浮遊する流木を元としたゴミは見えないし、
行き交う船の赤と青、そして白のライトを読み分けて
衝突しないように走るからです。
夜、ベイブリッジ
ちょっとぶれてしまいましたが、ベイブリッジの下を行き、
そこから航路をベイサイドマリーナに向けて走ります。
途中、引き波に反応する夜光虫が煌めき、東京湾を行き交う船、
そしてハーバーライトに包まれたナイトクルーズ。
残念ながら★はあんまりよく見えませんでしたが、かなーりロマンチックっす。
ただ、操船をしている我々はかなり必死!
ベイサイドマリーナの職員が、船を出して入港口をサーチライトで
照らしてくれています。
昔この防波堤に夜突っ込んで大破した船が実はたーくさんいるのです。
でも彼らのおかげで迷うことなく入港。
そして無事バースに着岸。
しばらく船で余韻を楽しむ物の、おーっと、終電の時間じゃ!
帰らねば!!と愛妻のもとに帰っていきました。
ちゃんちゃん
逗子から横浜までの廻航の様子は、また改めて
PS:
皆様いろいろと励ましのメールなどありがとうございます!
なんといってもクローズネスト!
船のことのみならず、いろいろと、グフフフ
書いていっちゃおうと思ってます。

Davis50待ってたのよん

りぶどの!ご指導、ありがとうございました!
大変助かるサジェスチョン!なーるほどー
要は今の僕はトテトテやるしかないようです
ガンバリマス!そういえば本日佐々木社長にも、写真が少ないよとご指摘を受け、うーむ、(メラメラ)頑張るぞ!おー!という感じです。
今さっき楽しい横浜の花火大会から帰ってきました。
逗子マリーナに置いているDavis50を廻航してYBMへ
そこでお客様とオーナーをピックアップして花火大会へ
ところが、オーナーが連れてきたゲストとというのが、あってびっくり玉手箱
20年来付き合っていて、10年ぶりにあった友達!
こいつはさー、むかーしからフェラーリ乗りまわしていた必殺遊び人仲間の一人で
本当に驚いたのもつかの間、美しいゲストが乗っていたのにもかかわらず、ずーっと男の会話を楽しんでしまいました。楽しい時間だったな・
すみません、明日か明後日、携帯で撮った写真を元に、逗子から三浦半島の突端三崎を超えYBMにはいるまで、そして、花火大会のお洒落な大人な船上の模様を写真付きでお送りいたしますので、お楽しみに!
では

僕が船をはじめたわけ

どうやったら船遊びができる?との問いをよくいただきます。
お金がないと出来ないんだろう!とも
僕は、残念ながら家がお金持ちとか、事業で成功してお金を持っていると言うことではまったくありません。
ではどうしてなんでしょうね
そうですね、それを説明するのには、実例として僕のことを書けばいいのかな
と思い恥ずかしながら、僕の生い立ちから書いてみます。(少し誇張が出てしまうかな?)
south Beach
僕が決定的だったのは、
鎌倉の海の近くに住んでいた、というところかな。
当時は、太陽族というのか、湘南族というのか、石原裕次郎、加山雄三さんらの影響か大人達はそれが大流行。鎌倉の家の前の浜にもかっこいいおにいさん、おねえさんがかっこええ車に乗って湘南道路を走り回っているという感じ。でも、海の沖にも目にも鮮やかな白い帆のヨット達がかっこよかったんです。そしてその潮っぽさがあか抜けていた。砂浜で遊んでいると気の荒い漁師さん達とも友達、というかかわいがってもらっていました。なにせ、遊び場と言ったら海か山の中をかけずり回ることしかなかったんですが。
小学校3年生の頃だったと思うのですが、おふくろの知り合いの大学生のお兄ちゃんが僕のことをかわいがってくれていました。そしてある日かんちゃんというそのお兄ちゃんが、葉山マリーナに僕を連れて行ってくれました。当時の葉山マリーナというのは、なんといってもお金持ちのたまり場的イメージで、僕なんぞは足も踏み入れたことが無かったところです。そこに連れて行って貰って、彼のお金持ちの友達が所有するヨットに乗せて貰うこととなったのです。
来ているお兄ちゃん達はかっこよく、そこに群がる女の子達は美しくうらやむような光景でした。そこで始めて乗ったのが今考えると小さい24フィートほどのヨットだったのです。
それが始まりです。
いつしかあーいうふうにヨットに乗って遊びたいと痛切に思った物です。
それ以来、本屋で立ち読みするのは高額なヨット関連の雑誌です。とても小遣いでは買えませんでしたね。
そうしているうちに、うちの隣に「スフィンクス」というサーフィショップができます。さらに、ホビーキャットというアメリカっぽい派手なヨット(ディンキー)の置き場がすぐ近くに出来ました。僕は学校から帰ってくると、用もないのにそのヨットヤードをうろうろ、サーフィショップも毎日うろうろ。そうしているうちに、そこのアルバイトである大学生のおにいちゃんやお姉さんと仲良くなります。
アルバイトの大学生とは言っても僕にとっては背伸びも出来ない大人の世界。でも彼らのおかげでそこに立ち入ることが出来ました。暇を見つけてはそこに行き、置いてある雑誌を片っ端から読んで、(ほとんどが英語の雑誌だったのですが、意味もわからずかまわないで憧れの目で読んでいました)
そうやってヨットの知識を身につけて、大学生のお兄ちゃん、お姉ちゃんの役に少しでも立てればと僕が出来る手伝いもしていました。
だんだん体が成長していくと共に、ヨットの道具などのセッティングなども出来るようになります。ちょっとの手伝いも船をさわれるだけで楽しい僕は、にこにこしながら手伝って、いわばヤードボーイです。
そのうち、ヨットに乗りに来る人たちとも仲良くなっていきます。
手伝っていると、閑だったら一緒に海に出るかと誘ってくれる人も出てきました。海に出れるのならと一生懸命手伝いますし、わがままなんて言ってられません。
そうやっているうちに、ホビーキャットがだんだん盛んになってきて、レースとかが催されるようになりました。
Hobie Cat1
当時は新しく斬新なアメリカ!というのが流行の最先端。それまでのモノハルとは違ってこのカタマラン(双胴艇)はとにかく格好良くアクティブでした。ホビーキャットにのめり込む毎日。艤装の仕方やヨット特有の名称などは、雑誌を漁るように読んで覚え、家で勉強しているようにみせかけては、ホビーキャットの絵を描いていました。
Hobie Cat2
そして、盛んになってきたフリートレース。まだ中学生で体も軽く機敏に動ける僕は、フライングサーカスと異名をとるホビーキャットの微風時でのクルーをやるのにはうってつけだったようです。そこに目をつけたオーナーの一人がレース参加の予備クルーとして僕をしごいてくれましたた。もちろん、文句一つ言わず目をランランと輝かせて楽しませて貰いながらです。そうやってレースなどに出させてもらえるように成りました。
話しは飛ぶのですが、風が強くなって波が出てくるとヨットはしまわれてしまいます。オーナー達はビールを飲みながらのんびりすごしますが、僕はもっと海で遊びたい。となるとサーフィンですが、高くて買えない。それで、なけなしの小遣いでスケートボードをそのショップから安く売って貰いそれでサーフィンの練習をしました。
同級生のお兄ちゃんがサーフィンをしているというので、連れて行って貰ったりもしました。たまに、サーフショップのアルバイトのお兄ちゃん達にぼろぼろの奴を借りてのサーフィン。最初はライディングの前のパドルの練習なので、板なんかなんでもいいんです。その先輩がある日、小遣いいくら貰っていると聞かれ、僕が持っているお金で板を譲ってくれました。うれしかったなー。
夏休みともなれば、毎日、トランクス一枚でヨットとサーフィンをしていました。サーフィンはやはり稲村が波が良いのですが、目の前の坂の下の海にだって波は立つ。練習にはそれで充分でした。寒くなってくるとウエットスーツが欲しいのですが買えません。みかねた先輩がぼろぼろの奴をくれるまでT-シャツ着てやっていたな。
高校生の時には、アメリカズカップが話題になっていて、当時、CNNの創始者であるテッド・タナーが12m級のカレイジャス号でタイトル防衛なんてのに雑誌を見て憧れてました。そうそう、本もやはり海関係の本を読んでたな。中でもヘミングウエイの「海流の中の島々」はその後僕に大きな影響を与えてくれました。後忘れられないのは既に廃刊になってしまってるけれど、石原慎太郎氏の「ネクタイをした野蛮人」シリーズ。これはほぼ、湘南のヨット乗りの話しが出ていました。憧れました!
それで、大学生になったらなんとしても外洋クルーザーに!と思い、ヨット雑誌をめくっていたらなんと巻末にクルー募集というコーナーがあり、それから日本の外洋レースはどうなっているのか、何処が強いのかを勉強しだしました。そんなある日、ある有名レース艇のクルー募集という告知を発見。しかもそのレース艇は、かの石原慎太郎氏のシンジケート、湘南マフィアの一員。
すぐに電話して申し込みました。
快く受け入れてくれ、それからクルーザーとの生活が始まるかと思いきや、4月から始めて夏を越すあたりに、ある先輩を殴ってしまいクビ。何故喧嘩したのか今では良く覚えてませんが、とにかく殴っちゃった。ヨットは外洋に出れば、そこは死と隣り合わせになる。喧嘩をして頭に来たら殺すのは簡単。走っている船から突き落とせばいい、だからもう同じ船には載せられない、という理由でクビを言い渡されました。
これはその通りなのです。そういえば最初の頃「船の免許を取りたいのですが」というと、「あんなもんは紙一枚、金で買える氏船には一枚あればいい。それよりも経験を積め。でないと船は動かせないぞ」本当におっしゃるとおりです。
あるときいきなりティラー(舵)を持たされ、操船してみろといわれました。といってもまっすぐ走らせるだけなのですが、「どうだ、船っていうのはまっすぐ走りはしないんだ」。おっしゃるとおりなんです。潮、風、波、いろんな作用があって船はまっすぐに走らせることが難しいのです。この船では短かったけれど、いろいろな海の掟を教わりました。
サーフィン、ホビーキャット、ビーチでの女漁りと学生生活はいかがわしくも素敵な先輩達と一緒に楽しみました。
そうそう、ただただ困ったのは小遣いだったな。
日中は海で遊んでいるわけです。トランクス一枚あればなんとかなるのですが、夜は先輩サーファー達が遊びに行く。当然それに行きたいけど金はなし。新島や千葉にサーフィントリップの誘いを貰っても金は無し。
まさか大学生になってまでも親に小遣いをくれなんてかっこわるくて、当たり前ですがアルバイトをしました。いろいろ考えたな。東京は白銀にある大学に通っていたので、そこの友達から夜間飲食店組合(ディスコ、クラブ、キャバレー等)の仕事が金になり女にも困らないと誘われ、確かにそれをやると便利なのだが、鎌倉の家に帰ってサーフィンができなくなってしまう。昼は海に居たいし。でも一年生の時にはわからないまま、観光地鎌倉ならではの料亭での皿洗い、そして日当一万円だったブルトーザーの解体にいったりしていました。
そうやって過ごした一年生の夏、ある時に本屋でベストインUSAという雑誌を見たのがきかっけで(これはポパイの前身だそうです)変わっていきます。小学生の頃から行かせてくれたスキーなのですが、それも金がかかるなーと思ってその雑誌を見ていると、UCLAの学生達の話題で、スキーはスキー場でアルバイトをしながら過ごす!というスキーバムの記事が目に入ったのです。これだ!バイトしながらスキーすれば良いんだ。それからリサーチします。大きく分けると開発系、これはリフトの運行のバイト、飲食店系、宿泊系、添乗員系とあります。毎日滑るのだから大きなスキー場と考えると、東京から考えられるのは、白馬、志賀高原、苗場の3つくらいが当時のメジャーでした。その中で、昼間は思う存分スキーをし、夜働きながら美味しい余録がある、夜間飲食店組合が当然のように浮かびます。それからはコネ探し。そうやって引き当てた先は、志賀高原一ノ瀬スキー場のホテルでした。そしてそのホテルにはディスコがありました。
すぐにつてを頼って申し込み、クリスマス前にそのホテルに入っていました。クリスマス前にはまだバイトも揃っていなくて、少ない人数で慣れない仕事を全てやらされました。朝は5時起き、朝食の準備と配膳、片づけ、そして客室のふとんあげ、それが終わってからゴミ出し。昼飯を食って、3時までの自由時間に滑ります。3時30分から夕食の支度。配膳、片づけを済まし9時頃解放されます。すぐに風呂に行って、服を着替えて地下にあるディスコを手伝います。ディスコは朝の4時までやっているのですが、僕は12時までの忙しい時間を手伝ってそれから店に居残って・・・その忙しさが毎日正月7日くらいまで続きます。奴隷生活は船で慣れていたので、なんとかなったのかな。2月、大学の試験が終わると山に籠もります。でも、一年目はディスコ専属にはさせてもらえなく、2年目からやっとディスコ専属にしてもらいました。
ディスコに居ると、一ノ瀬中の従業員が集まります。中にはリフトのお兄さん、スキーの先生、そんな人たちと仲良くなると余録があります。リフトは顔パス。毎日3時30分から行う先生同士のスキーレッスンに参加。スキーメーカーの人たちから用具を貰ったりもしました。東京のディスコの人もスキーに来ます。DJも面白がってしてくれたり、レコードをもってきてくれたり。
何よりスキー場で働いていると、お金を使うことがまったくないので、降りるときにはかなりの額のお金を持っています。それが夏の軍資金になります。
3年目、4年目の時には歩合制にしてもらいました。ディスコが儲かれば僕も儲かります。ホテルのディスコなので、まず格好いい、女の子に持てそうな男の子を選んでディスコに入れます。昼間、そいつらをスキーレッスンしながら、ナンパさせます。8時までに店に来てくれればただにするというチケットをもたせて。
おかげで、その店は夜の8時前には女の子で満席です。となると、男が来ます。彼らは女の子に奢ります。9時には店の前は行列です。流行り出すととことん流行ります。つまらない女の子の取り合いで客同士の喧嘩もあります。おもしろかったなー。
長く成っちゃいました
続きはまたにしましょう

憧れのDavisとアルベマーレ

海を走る船は、乗船者の命をかけた乗り物。車であれば、故障したり走れなくなってしまえば路肩に待避して、レッカー車やJAFを待つことができるが、海ではそうはいかない。ひとたび、波で走れなくなったりエンジンが止まってしまえば遭難の二文字が現実となるからだ。
僕が憧れるアルベマーレ
米国でも海を良く知っているボートオーナー達からは羨望の眼差しを送られているボートだ。何しろ波の中の走りが良い。剛性感が高く、船を波の中でゆがめることなくそれはエンジンにも負荷をかけない。そして何よりバランスの良さが素晴らしい操船フィールを与えてくれる。
2000年9月。僕はノースカロライナにある、スポーツフィッシャーマンの憧れの造船所、Davis社とアルベマーレ社を訪れる機会があった。
成田からワシントンへ、五大湖の北側を抜けていく飛行機の眼下には、ナイアガラの滝が見える。ワシントンでは4時間あまりをビールと同行者とのおしゃべりで過ごし、ひえーまだこんな飛行機が飛んで居るんだと言えるような小さなプロペラ機にトランジットしてノーフォークへ。
朝方着いたノーフォークの空港へは、今回案内をしてくれるDavis社のジョン・ワジック氏が迎えに来てくれている。剛柔流の空手もやっている彼は大変な親日家。にこやかに我々を出迎えてくれ、一路、ワンチーズへ。フリーウエイを使っても2時間30分のドライブだ。ワンチーズとは日本で言うと浜名湖の舞浜のようなところ。スケールの違う内海と大西洋の外海に面したところで、その内海から流れ出る水路、オレゴンインレットがあるところだ。このオレゴンインレットというところが、いわば浜名湖の第3陸橋のようなところで、内海から出る水流と大西洋から押し寄せるうねりでとっても掘れた危険な波が数マイルも続く、海の難所としても名高いところ。そこから車で小一時間も走ると、ケープ・ハトラス。そう、あのハトラス岬があることろだ。
美しい内海を見ながらドライブ、このあたりはキル・デビル・ヒルというんだけれど、聞いたこと無い?とジョン。ライト兄弟の初飛行の丘だっけ?そう!その丘があそこ!と観光しながら、少し喉が渇いたねと海岸沿いの道に出てピアハウスで休憩をする。
pier
killdavilhill pire
子供が小さい波でサーフィンするのをピアから眺めながら、ビールを一杯。
東海岸独特のサマーハウスが良い雰囲気。この先の一軒が、かの伝説の人、バディー・デイビスの家で、とてもお洒落なそのサマーハウスにも滞在中に招待していただいた。砂浜にアイビーが生息しているのだが、それには触れては駄目だという。ははー、これがポイズン・アイビーかと納得してしまう。
そして、もうすぐという案内でワンチーズへ。
静かな美しい内海と豊かな自然の林を抜けて行くと、Davisの小じゃれた小さい看板。Davisのメインオフィース兼工場についた。オフィースでウエルカムの接待もそこそこに早速工場へ。
あるある、Davis独特のカロライナーフレアーの船達が並んでいる。
Davis Factory1
モールドから抜いたばかりの50フィートもの大きいバスタブのようなハルが並び、工程に従って出来上がっていく様が一望できる。
ファクトリーで働く従業員は、リフュージが多いのだがとてもフレンドリー。
そして裏手にあるポンツーンへ。うわー、Davisが沢山浮かんでいる。(あたりまえです!)
Davis pontoon
この船達、その後に全て乗せて貰い、そのすごさを圧倒されることになります。
滞在中、バディーの好意で、普段彼はジャガーのオープンに乗って居るんだけれど、もう一台トラックを持っているからそれを貸してあげるとのことで、車を借りることができました。
その車で、ハトラス岬、そしてアルベマーレを訪れます。
ハトラス岬に行く途中、Davisの試乗でも走るオレゴンインレットの脇にマリーナがありました。そこを見てびっくり!色とりどりのキャロライナフレアーがずらっと並んでいるのです。
Oregon inlet marina
これには正直びっくりいたしました。これほどかと!
中にはDavisはもちろん、メリット、ジャレットベイ、そしてチャーターボートに有名ビルダーもどきなども並んでいるようでした。平日の昼間からマリーナをうろうろしていたオールドソルトになにげに話しを聞くと、当然、ぜーんぶの船がカジキを狙いに20マイル彼方の大陸棚を行くそうです。実績ルアーやティーザーなども見せてもらっちゃいました。
ま、さておいて、ついでですからハトラス灯台。この床屋さんのねじりん棒みたいなマークがIDで、全米の灯台はすべて違うデザインだそうです。つまり日中は灯台に描いてあるデザインを見れば何処の灯台がわかる仕組み。それなりに付近の住民もその灯台のデザインに誇りを持っているようでした。(あれ、今写真が見つからない!ので後日ということで)このときハトラスの工場にも行きたかったのですが、時間が無くて行けませんでした。
さーて、お待ちかね、アルベマーレです。
アルベマーレはエディントンというやはり内海に面した清楚な町にあります。Davisのあるワンチーズから車で2時間くらいかかったかな?ワンチーズもとても良いところだったけれど、あそこはいわば鵠沼という感じかな、エディントンは古く小さい町ですが、とてもお洒落でなんとなく軽井沢といった感じのいいところでした。
そこにアルベマーレがあります。ミスター・バーチ副社長を訪ねていくと、玄関にウエルカム・フロム・ジャパン!とあり我々を待っていてくれているのがわかります。
自己紹介とお茶もほどほどに工場ツアーへ
Albe laminateshop
ラミネートショップではやはりリフュージーが沢山働いております。自分たちのノルマを稼ぐためにもくもくと仕事をしながらも、とっても愛想よくフレンドリー。でも仕事は、強いハルを造る為にそのクロスの張り方、ジェルの状態までも細かに管理されいるようでした。
そして、モールドを抜けたハルが仕上げられています。
Albe Factry
ここに並んでいたのは、305,320のエキスプレス。
インナーハルとアウターの溶着、配線、エンジン設置、木工用品などの建具、とラインが並んでいます。それぞれが丁寧に仕上げられていました。調度インスペクションシートを持った係の人に会ったので話を聞くと、ものすごいチェック項目です。しかも念入りに確認をして仕上げていっていました。なるほろ!!
裏にはアルベ専用のマリーナが。
そこにはトライアルを待っている船達が並んでいました。
そして410の工場。そこは車で10分程のちょと離れたところにある大きい工場なのですが、なんと、以前はクリスクラフトの工場だったのを買い取ったとのことでした。410が並んでいました!!その造りはなるほど、こうやって手間を惜しまず強い船を造っていって居るんだ!っというのが実感できました。
当然たーくさん写真やビデオを撮ってきたのですが、この紙面?!だけではお見せできません!!ご要望あれば、また案内しまーす。

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フポーツフィッシング

トローリング1
スポーツフィッシングにはいくつかあるが、簡単には類別できないが、人間が餌に模した疑似餌を作って、それで魚を釣り上げるのがスポーツフィッシングと言っても過言では無かろう。
僕がやっているのは大物狙いのソルトウオーター・スポーツ・フィッシングだ。疑似餌もかなり大きく、船に引いてもらい泳がせて魚などに模する。
そのため、この釣りにはリールやルアーなどとあわえて、船が大きな要素になってくる。もちろん、日本の海は午前中穏やかな海でも、午後になると熱っせられた陸に向かって海風が吹き、それは沿岸の地形にもあいまって、大きな波となる。そこを走り抜けるにはタフなボートが必用となる。
一概に船というと、ヨーロッパは主に波の無い地中海を楽しむ繊細なデザインのクルーザー、スピードは出ないが北欧の荒海を乗り越え走る排水型のトローラー(写真は、やはり僕の憧れの一つでもあるグランドバンクス。美しいでしょう!昨年取材したときのものです)
グラバンそして米国東海岸を中心に発達したスポーツフィッシャーマンなどがある。
本場米国には、その市場規模から多種多様な造船所があり、もちろんカスタムメイドからプロダクションボートまで様々。気を付けなくてはいけないのは主な市場の中にはアメリカの五大湖をメインに考えて作った船や、インランドシー(内海)しか考えていないという船も多い。そのため、日本の荒海にちょっと揉まれてしまうと、エンジンマウントが踊ったとか、船内の家具が飛び出してきたと笑うに笑えない船も多かった。
我々がかじきを求めて出る外洋に限らず、日本の沿岸の海は一日中凪いでいると言うことが少ない。
ひとたび荒れ出すと乗船者の命を託した船、それこそ遊びが命がけになってしまう。そのために、実際に荒海でテストを繰り返し作られた安心な船が求められるのは当然だ。
東海岸にも北から南まで、海の実情がことなりそれに合わせるように地域的な個性が造船に刷り込まれていくようだ。
浮沈構造で有名になった、ボストンホエラー。東海岸のまんなからへんにバイキング、オーシャンヨット、エッグハーバーなど。そしてかじきの豊富な荒海を控えたキャロライナ地方には無数の造船所があり、ハトラス、DAVIS、アルベマーレと言った有名どころがある。さらに南に下りフロリダあたりとなると、ツナタワーやファイティングチェアーを開発した老舗ライボビッチ、ガーリントン、バートラムと個性豊かな船の造船所がひしめく。
何故かウエストコーストの造船所には、スポーツフィッシャーマンとしてはCABOがあるくらいで有名どころが育たないのは、やはりその海の特色によるもののようだ。
数々のすばらしいスポーツフィッシャーマンのインプレッションをした中で、ではどの船?と問われれば、スポーツフィッシャーマンとしては僕は迷わず独特なキャロライナフレアーを持つ、ノースカロライナの造船所を選ぶだろう。その中でも、24フィートから41フィートまでのラインナップを取りそろえて、船を持とうという現実に立ち返ると、やはり質実剛健なアルベマーレを挙げる。憧れのハードボイルド作家、北方謙三氏もこのアルベマーレ310をその走りに魅了されて所有されている。最近のハトラスなども革新的なデザインを取り入れて魅力はあるが、なんといっても50フィートという超贅沢な船。価格も1億円では勿論効かず、その維持費も考えると現実的ではない。もちろん、その上にはDavisという造船所、これは伝説の人とも言えるバディー・デービスが造ったボートだが、もうスポーツフィッシャーマンの中ではほぼセミカスタムでその品位を含めて夢の夢だ。(ブログにあるJIBTにはそのDAVISに載せて貰っての参加でしたが)
アルベ1
そこで、このアルベマーレ。
東海岸の潮がぶつかり合って難所として有名なハトラス岬の近くに造船所があるこのアルベマーレの船は、質実剛健。波の中の走りがとても強い。米国の市場でもプロダクション艇としてはかなり高額なこの船が沢山売れてい、評価が高いのはその実績と言える。
その秘密は、船の船体はFRPというガラス繊維を織り込んだ強化プラスチックで出来ているのだが、その作りの丁寧さとその厚み。実はだいぶ前にアルベマーレからハルのモールド(ひな形)を日本にもってきて、日本で積層して造ったらいくらかかるかをやってみたことがあるのだが、指示されるクオリティー通りに造っていくととんでもない価格となってしまう。
米国で見せて貰ったプロモーションビデオに、38口径のスミスアンドウエッソンを至近距離からこのアルベマーレのハル(船体)に打ち込むのだが、その弾丸を羽根化してしまうほどの強さに仕上げられている。
さらに、そのモールドは立体的な波の中での挙動を考え、3次元的な工夫が随所に凝らし、全体のバランス良く作り込まれているのだ。
次回は、以前に訪れたことのあるアルベマーレの工場の写真を用意し、僕の憧れのアルベマーレを紹介しましょう!

カジキ釣り、また行っちゃった

ったく仕事もせず、家族サービスもせずに釣りに行っていていいのか!というお叱りも在ろうかと思うのですが
また、行っちゃいました。ぶふふ、かじき釣り。
先日のDavisのオーナー艇長と一緒にお誘い頂いた、アルベマーレで・・・
JIBTでヒットのあったポイントまで、横浜のマリーナから3時間くらいかけて
本当に好きだなーと思います。
さて、目的のポイントは潮はすこぶるよくて、これはかじきは絶対だという感じ!
しかも平日、ダーれも釣りをしている奴なんていない!うっしっしし
で始めました。
そして、ヒット!!
やったーと思ったのですが、実は1mくらいあるシイラでした。
ハワイではマヒマヒと言って、白身の魚はフィレオフィッシュなどにしておいしく食べるのですが、日本ではあまり・・・・正直言うとシイラかよ・・・という感じです。
でも、ファイト
ファイト2
気合いを入れてリールを捲いているのは女性アングラーのミス・Mさん!
美しい顔が、かわいそうにリールの重さでゆがんでますが、それはそれ、やはり美しい女性が捲くと絵になりますな
それにこの巻き方、ちゃんと左手はラインをサギングしていてプロっぽいっす!
そして、携帯カメラをなにげに海にむけて構えると
シイラのジャーンプ!うわ!撮っちゃった!
シイラ
そして、無事ファイトして釣り上げた魚はこのとおり
これでも1mくらいある大物っす。
シイラ解体
このあと、これよりも大きいシイラが2本、ファイトを楽しんだのですが
食べる分だけ殺せば良い!一尾だけあげましたがあとはすべてリリース。
だが、肝心なかじきはノーヒット。と思いきや
目の前をかじきが飛んでいったり、
かじきだと思って海面にうかぶヒレを発見して近ずいていくと、なんと5mはあろうかという大物の鮫だったり
(携帯カメラで写真をとったものの見事にぶれてました)、完全におちゃくられている今日この頃
でもまー、こんなきれいな海を気持ちよく楽しめるんだから、それで良しと
というわけで、実は今はあまり時間がなく、ちょこちょこっと書いてしまいましたが
質問などがあったら遠慮なく!!です!